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鳥取地方裁判所 昭和52年(ワ)96号 判決 1982年2月18日

原告

石賀美代子

右訴訟代理人

君野駿平

被告

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

笹村将文

外四名

被告

鳥取県

右代表者知事

平林鴻三

右訴訟代理人

藤原和男

主文

一  被告国は原告に対し金九二万九〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年六月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告国に対するその余の請求及び被告鳥取県に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告国との間に生じた分はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告国の負担とし、原告と被告鳥取県との間に生じた分は全部原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1、2の各事実<編注・本件事故の発生と原告を被告人とする重過失致死傷被告事件の概要>は当事者間に争いがない。

二被告国の責任

1  検察官が事案の性質上当然なすべき捜査を怠るなど適切な証拠収集に務めず、不十分な証拠によつて安易に犯罪の嫌疑を認め又は収集した証拠について合理性を肯定しえないような評価をなすなど自由心証の範囲を逸脱して事実を誤認し、その結果、公訴事実の存在について証拠上合理的な疑いがあり、有罪判決を得られる蓋然性がないにもかかわらず、これを看過して公訴を提起した場合には、かかる公訴提起は違法であり、これにつき検察官には過失があると解するのが相当である。

2  ところで前記一の事実によると本件事故は、本件風呂場内にあつた本件風呂釜からプロパンガスの燃焼に伴つて排出された一酸化炭素が風呂場内に充満し、このため入浴中の母子が一酸化炭素によるガス中毒症状を起こしたものであるから、右事件の捜査にあたる司法警察員及び検察官は、一酸化炭素を排出する本件風呂釜自体及び一酸化炭素を充満させる本件風呂場並びに一酸化炭素の人体に及ぼす影響等について捜査をすることが必要であるというべきである。

まず風呂釜については、一酸化炭素の排出量いかん、一酸化炭素を排出する風呂釜の部品が説明書とおりに組み立てられ、正常に作動していたか否かについて、特段の事情のない限り、部品を取り外すなどして捜査を遂げ、次に本件風呂場については、これが一酸化炭素を充満させるような構造になつていたか否か等について捜査をなすべき注意義務があるものと解するのが相当である。

そこで検察官が右事実について適切な捜査を遂げ、証拠の収集に務めたか否か、又は右捜査の一部を怠るなどして証拠を十分に収集しなかつたか否かについて検討する。

(一)  起訴時における検察官の手持証拠

<証拠>によれば、本件公訴提起当時、前記事実についての検察官の手持証拠の主なもの(及びその記載内容のうち重要な部分の要旨)は次のとおりであつたことが認められる。

(1) 司法警察員作成の昭和四四年九月三〇日付実況見分調書(乙第四号証)

(記載内容の要旨の一部)

(イ) 本件事故当日の午後一〇時二〇分から一〇時五〇分まで、原告の子の石賀敬之立会のもとに、本件風呂場の実況見分をした。

(ロ) 本件風呂場は付属建物(木造平家建)の一部で、間口(南北)は1.7メートル、奥行(東西)は2.7メートルあり、入口の引戸(板戸)を開けると正面に土間、その右手(北側)に脱衣場が、また土間部分と脱衣場の正面奥(西側)に浴室がある。

(ハ) 本件風呂場の内部の土間部分は南北の長さ一メートル、東西の長さ0.75メートル(床面積0.75平方メートル)であり、天井までの高さが2.52メートルあり、そこに本件風呂釜が設置されている。右風呂釜には排気筒がなく、またガスパイプや循環パイプには異常は認められない。

(ニ) 脱衣場は南北の長さ0.7メートル、東西の長さ0.75メートル(床面積0.525平方メートル)であり、天井までの高さ2.3メートルで、浴室との間にガラス戸(幅0.6メートル、高さ1.75メートル)が取り付けられており、脱衣場側に開くようになつている。

(ホ) 浴室は南北、東西の長さとも1.7メートル(床面積2.89平方メートル)であり、天井までの高さが2.15メートルであり、その南東隅に浴槽があり、浴室の周囲の壁がコンクリート、床がタイル張りになつており、西側壁には二枚のガラス戸のはまつた窓があり、その外側に防火戸があり、その外側にビニール製波板の見隠しが取り付けられている。実況見分時、右ガラス戸は閉じられていた。浴室の天井には東西0.2メートル、南北0.4メートルのビニール網が張り付けられた通気口がある。

(ヘ) 本件風呂場内には、右通気口のほかには換気口は設けられておらず、表出入口の板戸及び浴室の出入口のガラス戸を締めると、土間部分と脱衣場は密室状態となり、本件風呂釜のプロパンガス燃焼に必要な酸素は右空間内にあるもののみであり、補給されず、一酸化炭素が右土間部分と脱衣場内に充満する状態にある。

(2) 武中孝の司法警察員(昭和四五年三月二日付「乙第一五号証」)及び検察官(同年一二月二四日付「乙第二五号証」)に対する供述調書

(記載内容の要旨の一部)

(本件事故発見時の状況について)

脱衣場の浴室入口寄りに置いてあつた脱衣かごの中に乳児の山田幸恵が裸のままでおり、浴室入口のガラス戸は開けられたままになつており、母親の山田艶子が頭を浴室の窓側に向け、足をガラス戸の入口から脱衣場へ出して仰向けに倒れていた。風呂釜のガスバーナーは燃焼中であり、発見時には本件風呂場入口の板戸と浴室の西側の窓ガラス戸とも締まつていた。

(3) 司法警察員作成の「ガス風呂釜カタログの提出について」と題する昭和四四年一〇月五日付捜査報告書(フジカガス風呂釜のカタログ添付のもの「乙第八号証の一、二」)

(記載内容の要旨)

昭和四四年一〇月五日司法警察員が原告から任意提出を受けた右カタログには、本件風呂釜と同機種であるFGB―一二〇五E型とFG―4DE型の各特長が説明されており、後者の特長として常に完全燃焼する旨記載されていたが前者についてはそのような記載はない。

(4) 原告の司法警察員に対する昭和四四年一二月九日付供述調書(乙第九号証)

(記載内容の一部)

北川賢治が本件風呂場を含めて本件付属建物を建築した。

(5) 北川賢治の司法警察員に対する昭和四五年二月一三日付供述調書(乙第一三号証)

(記載内容の要旨の一部)

北川賢治が丸石産業株式会社上井出張所から本件風呂釜の部品を取り寄せて説明書とおりに組み立てて取り付けた。

(6) 司法警察員庄司村雄作成の昭和四五年三月二五日付鑑定嘱託書(乙第一七号証の一)

(記載内容の要旨)

同司法警察員から鳥取県警察本部長に対し同日付で、本件風呂場内に設置してある風呂釜のボイラーを燃焼させた場合、一酸化炭素が発生するかどうか、発生するとすれば、その量、人体に及ぼす影響について鑑定を嘱託する。その鑑定資料は、同日鳥取県警察本部科学捜査研究室技術吏員三上晃が右現場で検査を実施し、一酸化炭素検知管によつて採取したものである。

(7) 鳥取県警察本部長作成の「鑑定書の送付について」と題する昭和四五年五月四日付書面(三上晃作成の鑑定書添付のもの、倉吉警察署同月一一日受付「乙第一七号証の二」)

(右鑑定書の記載内容の要旨)

(イ) (鑑定経過について)

本件事件発生当時、本件風呂場には煙突などの換気装置がなく、密閉された状態であつたが、鑑定資料採取時現在では、風呂釜に煙突が取り付けられ、表戸に通気口が設けられ、通風換気できるように改善されていた。そこで事件当時の状況に復元するため、右煙突を取り外し、通気口に目張りをし、密閉状態として、鑑定資料採取のための実験を行つた。ただし、事件発生当時のバーナーの一部の部品は既に取り換えられており、右当時の状況とは若干相違している。バーナーの点火後一〇分以内では、一酸化炭素を検知できず、一五分後三七五PPMを示し、三〇分後六二五PPMの一酸化炭素を検知した。時間経過とともに、その濃度は高くなると考えられるにもかかわらず、四〇分後の測定値が急激に低下し、以後殆ど変化が認められない。その原因を明らかにするため再度前記同様の実験を行つたが、三〇分後の最高濃度の再現性を示さず、一酸化炭素検知管が不良であり呈色しないことがわかつた。そこで四〇分後の測定値は正しい数値でないと判断されたが、検知管をすべて消費したため再実験することができなかつた。人体に及ぼす影響については、ヘンダーソン及びハガート両氏による中毒作用に対する一酸化炭素濃度と呼吸時間との関係図表及び裁判化学実験書を参考とし中毒作用を推定した。

(ロ) (鑑定結果として)

鑑定資料の風呂釜を事件発生当時の状況に復元して燃焼させると、一酸化炭素ガスが多量に発生する。その量は三〇分後五〇〇ないし六二五PPMであり、この濃度の一酸化炭素を三〇分ないし二時間吸入すると、めまいを生じ、中毒作用が現われると推定される。

(8) 検察事務官作成の昭和四五年一二月二四日付電話聴取書(発信者三上晃、あて先検察官、「乙第二七号証」)

(記載内容の要旨の一部)

プロパンガスを完全燃焼させるためには都市ガスの場合に比較し八倍の空気(酸素)を必要とする。本件事故現場のような殆ど密閉された部屋では、酸素が少なく不完全燃焼するため、多量の一酸化炭素が発生する。

(二)  以上の検察官の手持証拠によると、本件の公訴提起時までに、司法警察員らが本件風呂場の構造、規模、本件事故発生時における本件風呂場の板戸、浴室出入口のガラス戸、窓のガラス戸の開閉状況について捜査し、本件風呂場内に一酸化炭素が充満されるような状態になつていたことにつき検察官が心証を得たことが認められ、それが不合理なものであつたと認める資料はない。

しかし本件風呂釜については、前記手持証拠によれば、宮脇司法警察員が昭和四四年九月二七日午後一〇時二〇分から三〇分間、本件風呂場の内外を実況見分し、その際本件風呂釜の外観のみにつき実況見分し、風呂釜の内部については、部品を順次取り外すなどして実況見分をしなかつたこと、風呂釜は押収されず、事故発生時のままの状態に放置されていたこと、三上鑑定人は昭和四五年三月二五日鑑定資料採取のため本件風呂場に赴いたとき、原告らから本件風呂釜の部品の一部が本件事故発生後に取り換えられたことを告げられたこと、この要旨が三上鑑定書に記載されていること、倉吉警察署司法警察員は遅くとも昭和四五年五月一一日までに右事実を知つていたこと、しかし検察官への事件送致の日の同年九月三〇日までの間に本件風呂釜の部品のうちのどの部品が取り換えられたかについて捜査をしなかつたこと、検察官もその点について捜査をしなかつたことが認められる。

(三)  <証拠>によれば、本件被告事件の公判期日で証人調べが行われた結果、本件風呂釜はそのカタログの説明書とおり組み立てると各部品の順序は上方から下方に向けて、逆風止、排気筒、上面板、遮熱板、ボイラー本体(この外に外胴)、台胴(この内部にバーナー)となるべきところ、このうちボイラー本体と遮熱板が説明書とおり組み立てられて接合していたが、これを台胴の上部に載せるとき、上部と下部とを逆にして取り付けられていたこと、このことが昭和四四年一一月ころ原告から本件風呂釜の修理を依頼された丸石産業株式会社従業員秋本信吉らによつて発見されたこと、その際遮熱板の中央辺が焼け切れて変形していたこと、右部品が新品と取り換えられ、説明書とおりに取り付けられたこと、原告は部品が逆に組み立てられていたことを、そのとき初めて知つたが、捜査の重点が二次排気筒を設置しなかつたこと等にあるように思い込んでいたので、自ら進んで捜査官にその旨を知らせなかつたにすぎず、その後捜査官から本件風呂釜の構造、組立の異常について質問を受けなかつたことが認められ、右認定に反する<証拠>は措信できない。そして、右逆組立であつたことが無罪判決の重要の資料となつたことは、前記判決の理由から明らかである。

(四)  以上の事実によると、司法警察員が本件風呂釜の部品を取り外すことは容易であり、これを行つてカタログの説明書と対比すれば、通常の司法警察員の知識をもつてすれば、容易に逆組立の事実を発見できたはずであり、前記の北川の供述や実況見分調書記載等の本件風呂釜の外観上異常がないということだけでは、いまだ前記特段の事情があるとはとうていいうことはできない。また、遮熱板が焼き切れて変形したことからみても部品の構造又は組立等について異常な状態があることも気付くことができたと認められる。更に遅くとも司法警察員が本件風呂釜の部品の一部が取り換えられたことを知つたとき、そのいきさつについて原告らからその事情を聴取すれば、逆組立の事実を容易に探知できたはずであつたものと推認できる。

本件風呂釜の部品の一部が取り換えられたこと又は逆組立の事実を知つた捜査官としては、これが一酸化炭素の排出量に何らかの影響を及ぼすのではないかとの疑問を抱き、この点について捜査を遂げるのが通常であり、その捜査義務があるものというべきところ、検察官はこれを怠り、逆組立の事実についての証拠を収集しなかつたものといわざるをえない。

(五)(1)  前記事実によると、司法警察員及び検察官は逆組立の状態の本件風呂釜から排出される一酸化炭素の数量について捜査を遂げなかつたことは明らかであるが、本件被疑事件の捜査開始時には、右状態の本件風呂釜が存在していたのであるから、かかる捜査をする義務は、通常の捜査官に課せられているものというべく、<証拠>によれば、公判期日で採用された鑑定人古徳迪の鑑定の結果のとおり、正常に組み立てられた風呂釜と比較すると、逆組立の風呂釜の方が異状に多量の一酸化炭素を排出することが認められ、このことは、本件公訴提起前に、捜査官が鑑定嘱託をしていれば同様な鑑定結果を得ることができたものと推認できる。

(2)  前記認定のとおり三上鑑定人は部品交換後の本件風呂釜について、一酸化炭素の排出量について鑑定しているが、その風呂釜は説明書とおりの正常な状態の風呂釜であるものと認めることができる。そこで、三上鑑定は正常な状態の風呂釜の一酸化炭素の排出量についての鑑定ということができるので、その鑑定の結果の正確性について、通常の捜査官として容易に疑念をもたざるをえないような箇所があつたか否かについて検討する。

(イ) 三上鑑定については前記二2(一)(7)のとおりであるが、鑑定のための実験に際し、浴室への出入口にあるガラス戸を開けた状態にしていたか否かについて三上鑑定書には記載がない。

(ロ) ところが<証拠>によると、三上鑑定人は、実験に際し、本件風呂場のうち浴室の出入口のガラス戸を閉じたままで土間部分と脱衣場とに充満した一酸化炭素濃度を測定したことが認められる。ところで前記認定のとおり本件事故発見当時右ガラス戸が開いていたというのである。しかしそれ以前の状態―本件被害者らが入浴を開始するまでの間、右ガラス戸が開いていたか否か、また仮に入浴したとして入浴中は開いていたのかどうか―については全手持証拠によつても右ガラス戸が閉められていたことを断定できないので、むしろ右ガラス戸が開いていたと推認する方が相当であると認められる。そこで司法警察員としては、鑑定の嘱託をする際、右ガラス戸の開閉の状態を明示すべき注意義務があつたものというべく、右ガラス戸が開いていたか否かによつて一酸化炭素が充満する空間容積に差異を生ずることはもちろん、本件風呂場外との換気率に差異が生じ、測定値が変化する可能性も考えられるのであるから、少なくともガラス戸を開いていた場合と、そうでない場合の二通りについて実験し、本件については、捜査官としては、むしろガラス戸の開いた場合における測定値を前提として、原告の過失を認定すべきであつたというべきである。

(3)  前記認定によると、検察官は三上鑑定を原告の過失及び右過失と致死傷の結果との間の因果関係を立証するにあたり重要な科学的根拠としていることが認められるが、検察官としては、三上鑑定書の記載内容を検討するにあたり、浴室の出入口のガラス戸の開閉状態について注意し、手持証拠によれば、ガラス戸が開いていた状態を前提として鑑定結果を評価するのが合理的であり、かつ右鑑定が開いた状態を前提としてなされたものでなかつたことに留意すべきであつたのみならず、浴室出入口のガラス戸が閉じられていたとして、三上鑑定書記載の一酸化炭素濃度五〇〇ないし六二五PPMに達していたとしても、同鑑定書には、右濃度の一酸化炭素を三〇分ないし二時間呼吸すると、めまいを生じ中毒作用が現われると推定されると記載されているにすぎないところ、本件では致死及び重篤な傷害の結果が生じているのであるから、右濃度及び呼吸時間について更に解明したうえで右鑑定の結果を、原告の過失及びそれと致死傷との間の因果関係を認定するための資料とすべき注意義務があつたものというべきところ、検察官はこれを怠つたものといわざるを得ない。

3  以上の認定によれば、原告に過失があると疑うに足りる合理的な根拠がなく、一般の検察官としては、当然に右のような心証を得るのが通常であつたといえるのに、山崎検察官は不注意にも収集すべき証拠の収集を怠り、かつ、三上鑑定の結果の評価を間違つたため、本件公訴事実について有罪判決が得られるものと軽信して本件公訴を提起したものであり、右公訴提起は違法であり、かつ、これにつき同検察官には過失があつたというべきである。

4  してみると、検察官による本件公訴提起は、過失に基づく違法な公権力の行使であるというべきであるから、被告国は国家賠償法一条一項の規定に基づき右公訴提起によつて原告の被つた損害を賠償すべき責任があるというべきである。

三被告県の責任

原告の被告県に対する本訴は、違法な本件公訴提起によつて原告が被つた損害の賠償を求めるものであるところ、起訴するか否かは公訴権を独占する検察官が司法警察員の捜査結果と自ら行つた捜査の結果を合わせ検討したうえ、独自の立場で決定するものであり、司法警察員の関与し得るところではない。検察官は司法警察員の捜査に不十分な点があると思料するときは、自ら又は司法警察員に指示して、十分に捜査を遂げたうえで、起訴、不起訴を決定すべき権限と職責があるものであり、仮に司法警察員の捜査に落度があつたとしても、それが直ちに公訴提起の適否に結びつくものとはいえない。もつとも、司法警察員が検察官の判断を誤まらせるため虚偽の証拠を作出するなどの特段の事情がある場合には、司法警察員による捜査の違法が公訴提起の違法に結び付くこともあり得るといえなくもないが、本件では右のような特段の事情を認めるに足りる証拠はない。したがつて原告の主張はその余の点について判断するまでもなく失当であり、被告県には違法な本件公訴提起により原告に生じた損害を賠償すべき責任があるということはできない。

四損害

本件公訴提起による原告の損害につき検討する。

1  財産的損害

刑事裁判の公判期日が前後一九回にわたり開かれたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告は本件公訴提起による刑事裁判に際し、原告訴訟代理人他一名の弁護士を弁護人として選任し、その着手金、公判出張旅費日当、記録謄写料及び成功報酬として原告主張のとおり合計四二万九〇〇〇円を支払つたことが認められる。右刑事裁判における事件の難易、公判の経過等諸般の事情を考慮すると、右金額は本件公訴提起と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

2  慰藉料

原告が本件公訴提起により、その旨新聞、テレビ等で報道され、無罪判決が確定するまでの六年余りの間、被告人としての地位に立たされたことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、その間の原告の精神的苦痛が甚大であつたことは推測するに難くなく、無罪判決を得たことのみによつて解消し尽くされるものではないと認められ、その他前記認定の諸般の事情を考慮すると、右精神的苦痛の慰藉料を五〇万円と認定するのが相当である。

五そうすると、原告の本訴請求は被告国に対し損害金九二万九〇〇〇円及びこれに対する違法行為後の日である昭和五二年六月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告国に対するその余の請求並びに被告県に対する請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(鹿山春男 大戸英樹 三浦州夫)

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